私は十年以上、猫と一緒に暮らしてきたベテランの飼い主でした。猫の性格も熟知しているつもりでしたし、遊びの中で甘噛みをされたり、たまに本気で噛まれたりすることもありましたが、いつも通り水で洗って絆創膏を貼っておけば、数日で治るのが当たり前だと思っていました。しかし、あの雨の降る午後の出来事は、私のそんな安易な常識を根底から覆しました。きっかけは、窓の外の野良猫を見て興奮した愛猫を落ち着かせようとしたことでした。転嫁攻撃と呼ばれる状態だったのでしょう、愛猫は私の右手の親指の付け根を深く噛み、すぐさま離しました。傷口は二つの小さな点があるだけで、出血もすぐに止まりました。私はいつものように「痛いなぁ」と苦笑いしながら、ハンドソープで洗い、消毒液を塗ってやり過ごしたのです。翌朝まで安静にしていれば自然に治る、そう信じて疑いませんでした。ところが、異変は就寝中に始まりました。噛まれた場所がドクドクと拍動するように痛み始め、熱を持ってきたのです。夜が明ける頃には、親指が元の太さの二倍ほどに腫れ上がり、赤紫色の不気味な変色が腕の方へと這い上がっていました。指を動かそうとしても、激痛で一ミリも曲げることができません。私は震える手でスマートフォンを操作し、ようやく事の重大さに気づきました。「猫に噛まれた、自然治癒」で検索した私の目に飛び込んできたのは、切断の危機や緊急手術という恐ろしい体験談の数々でした。病院の救急外来へ駆け込んだとき、医師は私の手を見て即座に「これはひどいパスツレラ感染症です。あと半日遅れていたら入院して手術が必要でした」と告げました。その場ですぐに点滴が始まり、強力な抗生物質を投与されました。処置として、塞がりかけていた傷口を再び切開し、中の膿を絞り出されたときの痛みは、出産の時よりも辛かったのを覚えています。結局、完治するまでに三週間を要し、毎日点滴のために通院し、高額な医療費と仕事を休むことによる損失を被りました。あんなに小さな傷だったのに、自分の体がこれほどまでに脆く破壊されるとは想像もしていませんでした。私が学んだ教訓は、猫の愛らしさと、猫が持つ細菌の毒性は全く別物であるということです。愛猫をどれだけ信頼していても、その口の中には人間に牙を剥く凶悪な菌が潜んでいます。自然治癒という言葉は、猫の咬傷に関しては禁句であると断言できます。もしあの日、噛まれた直後に病院へ行っていれば、飲み薬一つで済んだはずでした。今、私の親指には薄く跡が残っていますが、それは私の無知に対する戒めだと思っています。もし、あなたが今、猫に噛まれて「これくらいなら病院に行かなくてもいいかな」と迷っているなら、私のこの惨めな姿を思い出してください。迷わず受診すること、それが自分を守る唯一の道なのです。
飼い猫に噛まれた後に自然治癒を信じて後悔した私の重症化体験記