喉のわずかな違和感から始まった私の異変は、翌朝には三十八度を超える発熱へと変わりました。その瞬間、頭をよぎったのは「ついに自分もコロナになったのではないか」という恐怖でした。すぐに近所の発熱外来を予約し、防護服に身を包んだ看護師さんの手によって鼻の奥を拭われたとき、私の長い「待ち時間」が始まりました。私が行ったクリニックではPCR検査の検体を外部に出すため、結果が出るのは「明日の昼過ぎになる」と告げられました。その時の絶望感は言葉にできません。たった二十四時間の空白が、果てしなく長い試練のように感じられたのです。自宅に戻り、家族と離れて自分の部屋に閉じこもりましたが、体温計の数字が上がるたびに不安が募ります。もし陽性だったら、会社にどう報告すべきか。昨日まで一緒に仕事をしていた同僚にうつしてはいないか。買い物に行けない間、食料はどう確保すればいいのか。スマートフォンの画面を何度も更新し、コロナの潜伏期間や最新の療養期間を検索し続ける時間は、病状そのものよりも精神を削る作業でした。夜になり、節々の痛みで眠れない暗闇の中で、私は「結果がいつ出るか」を案じるあまり、呼吸のリズムさえ狂うのを感じました。もし今、誰かから「大丈夫だよ」という連絡が来れば救われるのにと思いましたが、結果が確定しない以上、誰にも不用意なことは言えません。翌日の午後、スマートフォンの通知音が鳴り、専用サイトにアクセスしたときの手の震えは今でも鮮明に覚えています。画面に表示された「陽性」という二文字を見た瞬間、不思議なことに、それまでの漠然とした不安が、具体的な「戦い」への覚悟へと変わりました。結果が出るまでのあの空白の時間は、自分の人生を一度立ち止まらせ、大切なものを見つめ直すための、強制的な内省の時間でもありました。コロナという病気は、結果が出るまでのプロセスにおいて、私たちに耐忍を強います。しかし、その不安な時間をどう過ごすかが、その後の療養生活の質を決定づけます。私が学んだのは、検査を受けた瞬間に「結果がどうあれ、今は休むべき時なのだ」と自分を許してあげることの大切さです。いつ結果が出るかに固執しすぎると、体力を余計に消耗してしまいます。暗い部屋で一人、通知を待つすべての人が、どうか自分を責めず、静かな環境で心身を休められるよう願ってやみません。
検査結果を待つ不安な時間と私のコロナ闘病記