日本の医療現場において、患者が最も大きな不満を抱く要素の一つが、診察までの長い待ち時間です。いわゆる「三時間待ちの三分診療」という言葉に象徴されるように、受付をしてから医師の診察を受けるまでに膨大な時間を費やす一方で、実際の対面時間は極めて短いという現象は、多くの人が経験するところです。この待ち時間が長くなる背景には、日本の医療制度が抱える構造的な要因が複雑に絡み合っています。まず第一に挙げられるのが、世界でも稀な「フリーアクセス制」という仕組みです。日本では、患者が自らの判断でどの医療機関も自由に選んで受診できる権利が保障されています。これにより、軽微な風邪や慢性的な不調であっても、設備が整い専門医が揃った大規模な大学病院や総合病院に患者が集中してしまう傾向があります。本来、重症患者や特殊な治療を必要とする人のためのリソースが、軽症者の対応に割かれることで、必然的に待ち時間が膨らんでいくのです。第二の要因は、医師一人あたりの業務量の過多です。外来診察だけでなく、入院患者の管理、手術、診断書の作成、さらには学会発表や研究まで、日本の医師は多忙を極めています。診察の合間に急患の対応が入ったり、前の患者の症状が複雑で説明に時間を要したりすると、あらかじめ組まれていた予約スケジュールは瞬く間に崩れていきます。医療は予測不可能な事象の連続であるため、工業製品のラインのように一定の時間で処理することが極めて困難なのです。第三に、電子カルテの入力や診療報酬の算定といった事務的なプロセスも無視できません。医師が患者と向き合いながら複雑なカルテ入力を正確に行うには一定の時間を要し、その時間が積み重なることで後続の患者への遅延が発生します。また、日本の医療報酬制度は非常に細かく、処置一つひとつの点数を計算して会計を確定させる作業も専門性を要するため、診察が終わった後もさらに会計で待たされるという二段構えの停滞が生まれます。さらに、高齢化社会の進展も大きな影響を与えています。高齢の患者は複数の疾患を抱えていることが多く、着替えや移動、問診のやり取りにも若年層より時間を要します。こうした生理的・社会的な要因が複合的に作用し、病院の待合室には常に沈黙の列が作られることになります。待ち時間を解消するためには、オンライン診療の普及や、地域の診療所と大病院の明確な役割分担、そしてAIを活用した事務処理の効率化など、システム全体の抜本的な改革が求められています。しかし、最も重要なのは、医療という行為が「効率」だけでは測りきれない、人間同士の信頼と対話の上に成り立っているという事実です。一刻を争う救急患者を優先させるというトリアージュの原則を社会全体が正しく理解し、医療資源を賢く共有する意識を持つことが、この長年の課題を解決する一助となるはずです。
病院の待ち時間がなぜ発生するのかその構造的な理由を解明する