一か月以上も続く、頑固な咳。特に、食後や横になった時に咳き込んだり、胸焼けや、酸っぱいものが上がってくるような感覚(呑酸)を伴ったりする場合、その原因は呼吸器ではなく、「消化器」、具体的には「胃食道逆流症(GERD)」にある可能性を考える必要があります。胃食道逆流症とは、胃の中で食物を消化するために分泌される強力な酸である胃酸が、食道へと逆流してしまう病気です。通常、胃と食道の間は、筋肉(下部食道括約筋)によって固く閉じられていますが、加齢や食生活の乱れ、肥満などによってこの機能が弱まると、胃酸の逆流が起こりやすくなります。逆流した胃酸は、食道の粘膜を傷つけて炎症を起こし(逆流性食道炎)、胸焼けや胸の痛みを引き起こします。そして、この胃酸が、喉や気管の近くまで上がってくることで、咳のセンサーを直接刺激したり、あるいは、食道の神経を介して、反射的に咳を引き起こしたりするのです。これが、胃食道逆流症による慢性的な咳のメカニズムです。このタイプの咳には、いくつかの特徴があります。まず、食事の後、特に満腹になった時や、脂っこいものを食べた後に症状が悪化しやすいことです。また、体を前にかがめたり、横になったりすると、胃酸が逆流しやすくなるため、就寝中や夜間に咳き込んで目が覚めることもあります。声がかすれたり、喉に常に違和感があったりといった症状を伴うことも珍しくありません。呼吸器内科などで咳の治療をしても一向に改善しない場合、この胃食道逆流症が見逃されているケースは少なくありません。もし、あなたが長引く咳と共に、胸焼けや呑酸といった消化器症状を自覚しているのであれば、一度「消化器内科」や「胃腸科」を受診してみることを強くお勧めします。消化器内科では、問診や、場合によっては胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)によって診断を下します。そして、治療の基本となる、胃酸の分泌を強力に抑える薬(プロトンポンプ阻害薬など)を処方してくれます。この薬の服用によって、胃酸の逆流がコントロールされれば、あれほどしつこかった咳が、嘘のように改善することが期待できるのです。
胸焼けと咳、逆流性食道炎の可能性